blog統合のお知らせ

弊ブログですが、国鉄があった時代blog(https://blog.goo.ne.jp/blackcat_kat)に統合移転させていただくことにしました。

なお、労働運動に特化したblogとしてリニューアルする予定にしております。
ご理解の程、どうかよろしくお願いいたします。
2019/8/1を目途に移行予定です。

新幹線の事業用車両 923形新幹線レール探傷車

JUGEMテーマ:国鉄

 

現在は更に、高性能なレール探傷車が配備されていますが、新幹線開業時には下記のようなレール探傷車が製作されました。

今回ご紹介するのは、ドクターイエローと同じ形式を持っていた車両で、923形新幹線レール探傷車です。

 

DD13改造の912形〔現在前頭部だけ京都の鉄道博物館に保存されているかと思います〕等に牽引されて、超音波でレールの傷を探る車両で、最高時速20km/hという低速で検測する車両でした。

昭和39年開業時に一両、昭和53年に一両が増備されています。

 

 

車両の特徴を、当時の国鉄部内誌、交通技術から引用してみたいと思います。

 

レール探傷率が完成し、その活躍が期待される。
この探傷車は次の諸元をもった2軸車で、ディーゼル機関車または大型モーターカーで牽引され、約20km/h の速度で探傷を行なう。全長x全幅×全高(mm)8,500X3,350X4,015
軸距        3,500mm
自重        約18t (運転整備時約21t)
回送速度      約75km/h
探傷装置は台車に吊り下げられ、自由に上下できる測定台粋に装備されている。

測定台枠と探触子

台枠と探触子

 

床面監視窓から見た探触子

床面窓から見た探触子

二枚とも、交通技術1965-07月号から引用

 

とされており、開発当初は、試験的な要素が多かったそうですが改良が加えられ幾度も改良が加えられレール損傷の早期発見に活躍したとされています。

なお、昭和39年に製造された923-1は、JR東海に、923-2はJR西日本に承継され、923-1が1989年(平成元年)に廃車、923-2は2001年(平成13年)まで活躍したそうです

 

下記サイトで、現在のレール探傷車の画像がご覧いただけますが、現在は40km/h程度で走行しながら検測できるようです。

 

http://www.nkh-cjrg.co.jp/business/01_03.html

新しい寝台車の話 

JUGEMテーマ:国鉄

試作された新しい寝台車

下記の写真を見てください、583系のモックアップのように見えますが何か違和感ありませんか?

私も最初見たときは、583系のモックアップがなんで新しい寝台とか書いているんだろうと思ったのですが、どうも違和感

よくよく見ると、中段寝台がそのまま上段寝台にくっつくように固定されていて、上段寝台も折りたたまず、何か荷物を無理矢理押し込みました感満載に見えます。

実はこの写真、国鉄の部内誌でRと言う一般向けに頒布していた雑誌の6月号で偶然見つけたものでした。
 

寝台車の写真

https://library.transport.or.jp/e-library/R/HTML/1971-06_R%28s46%29_5.html【閲覧にはパスワードの申請【無料)が必要です

 

記事の内容は以下のように書かれていました。

 

ボタン操作の寝台づくり


寝台の組立てと解体がボタン操作でできる寝台車が、今秋デビューします。

現在この作業にかかる時間は一列車で一時間半ほどで、お客さまにはご迷惑ながらその問待っていただくわけですが、ボタン操作になれば作業時間は大幅に短縮されます。この寝台車は十月からまず東京〜宇野間の急行「瀬戸゛に採用し。結果がよければ特急群にも使う予定です。

以上のように書かれていました。

そうなんです、これ実は比較用に作られたB寝台のモックアップなんです。

実際に採用された、14系寝台車は従来の20系寝台を省力化したタイプで、寝台幅を52cmから70cmに変更した以外は大きな変更はありませんでしたが、試作段階ではこのような電車式三段寝台の自動化モックアップも検討されていたんですね。

14系寝台

14系寝台車、寝台部分上昇時

14系寝台動作中

寝台中段を操作している様子、中段が降りてきて下段寝台の上部附近で固定するようになる。

2段寝台が誕生するのはこの3年後、昭和49(1974)年になります。
若い人だとB寝台というと70cmの2段式知らないでしょうから、寝台車は快適な車両というイメージを持つ方が多いでしょうね。
3段寝台の場合寝台の上下空間は73cmほど、2段式になって約1m確保できたので、多くの人は頭が支えることはなくなりましたが、3段式の場合設営されると、寝ているしか方法がなかったわけです。

 

583系を模したモックアップがあったと言うのは、私も知らなくて、今回偶然発見したという次第。

 

ただ、この記事では、「東京〜宇野間の急行「瀬戸゛に採用し。結果がよければ特急群にも使う予定です。」と書かれているのですが、実際には急行「瀬戸」がそのまま特急「瀬戸」になってしまい、乗客にしてみれば複雑な心境だったでしょうね。

 

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夜行列車に連結された、サロンカー オシ16

JUGEMテーマ:国鉄

 

夜行列車に特化したサロンカー

現在は、定期で運行される寝台特急と呼べるのは、サンライズだけとなってしまいましたが、新幹線が開業するまでは、九州特急とは別に東京〜大阪を結ぶ夜行急行が多数運転されていました。

電車による座席急行の他、寝台列車を連結した夜行列車も多数運転されていました。

その中で、急行彗星には、サロンカー【当時の国鉄の名称】と呼ばれる、軽食堂車が連結されていました。

時刻表にビュフェのマークが付いているのを確認いただけるかと思います。

昭和38年時刻表

ちなみに、この時期銀河は、座席車が付く編成ですが、彗星は全車寝台列車であり、車格の上では、戦前の15・16列車の栄光は彗星が受け継いでいるように見受けられます。

 

急行彗星と北斗に連結された

サロンカーは、6両のみ製造され、3両は彗星に、もう3両は電気暖房装置を取り付けて、北斗に連結されました。

彗星に連結された。オシ16は、1〜3、北斗用は、電気暖房設置のため200番台とされ2004〜2006の番号が付与されました。

オシ16は、いずれも旧型客車の台枠を活用して製造された車両であり、0番台は乗り心地改善のため、台車をTR47に振り替えていましたが、十和田編成に連結されるオシ162000番台は、オ級に収まらないことからTR23【オハ35等に使われた台車)としたため、乗り心地の点では劣っていたようです。

オシ16は、旧2等車の台枠を利用して、10軽客車同様の軽量構造の車体を載せたもので、昭和37年3月に、高砂工場2両が改造で誕生しています。

当初は、電子レンジは搭載されていませんでしたが、同年の9月には設置されたとされています。

なお、床下に、冷房電源用の発電エンジンと、調理用電源発電機を個別に搭載していたそうです。

オシ16外観

上記の図を見ていただけると判りますが、窓側に片側に4人掛けの座席を、反対側は通路を挟んで1人掛けの椅子が並び、カウンターにも椅子が並ぶ方式で46人の定員となっていたそうです。

夜間は主に酒類を提供し、早朝はサンドイッチなどの軽食を提供できるようになっていたようですが、夜間と朝を含めてもせいぜい4時間程度の営業時間であり、どこまで利益を上げられたのかと思います。
オシ16室内1
オシ16室内2

回想の旅客車 上【交友社】から引用

 

改造で誕生した、ユニークな車両

列車誕生の契機などを、国鉄の部内誌、によりますと以下のように記述されていたようです。

少し長いですが引用させていただきます。

最近寝台車が増加してきて、夜行急行には寝台車が多く連結されるようになり、特に東海道・常磐東北などの幹線には寝台急行が走っているが、これらの寝台列車については現在まだ食堂車が連結されていない。
寝台車(中でも2等寝台車(注:現在のB寝台車))では寝台を造られてしまうと他に行き場所がなく、寝るには早い時刻でも寝台の中に入ってしまわなければならない。そして寝台急行では、特にこのなやみが大きい。そこで今後の客車食堂車としては、寝台列車に連結することを考慮して、できるだけ定員を多くし、寝台設置後に腰掛ける場所のなくなった乗客で寝るのに早過ぎる人がそこへ行って、‘簡単な物を食べたり、ソフトドリンクを飲んだりして、就寝までの時間を過ごすことのできるような食堂車が希望され、種々検肘された結果、このサロン・カー(オシ16形式)が生まれることになった。このサロン・カーは夜は上記のように使用され、朝になると朝食を出すことも考えで設計されている。

ということで、寝台車がセットされてしまうと行き場所がなくなる寝台利用者のための場所を提供するという意図から誕生したわけです。

結局、一般の食堂車以上に活躍が期待されるように書かれているサロンカーですが、彗星以外では上述の北斗以外には投入例はなく、新幹線開業後は、昭和40年の時刻表を参照しますと急行北斗、昭和40年11月の時刻表では、「第三 十和田」に連結されていますが、彗星に連結されていた3両は、新幹線開業後使っていた形跡が無いのですが、ご存じの方居られましたら是非ご教示願います。

s38東北本線

昭和38年10月時刻表から

s40東北本線

昭和40年11月時刻表より

 

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時刻表に掲載されない列車 準混合列車のお話し

本日は、古い鉄道ファンを参照していて面白い記事を見つけました。

昭和41年2月号 通算56号の記事ですが。

 

下記の荷物列車意外にも、客車を連結している貨物列車があるとして記事が書かれていました。

 

客扱いする荷物専用列車、こちらは時刻表に正確な時刻がでていますので、参照してみますと、青森 11:40発、終着隅田川には、翌日の10:02に到着するダイヤでした。

ただし、下記の区間、【沼宮内〜北上間】で通勤・通学客の便宜を図るため、客扱いが行われたとされています。
s41

東北本線 荷客46列車 青森→隅田川荷物列車【沼宮内〜北上間】で客車連結の上客扱い

 

実際の時刻を参照してみますと、

沼宮内 17:36→北上 19:48の間は客扱いしていました。こちらは時刻表に明記されていますので、判りやすいのですが、厄介なのは下記の二列車、いずれも貨物列車に客車を連結した、準混合列車と呼ばれる列車でした。

ちなみに、旅客列車に貨物が連結されると、混合列車になるわけです。

なお、準混合列車は、混合列車との差が明確で無いため、昭和43年のヨンサントウ改正で、混合列車に集約されています。

ヨンサントウ貨物列車種別変更

交通技術昭和43年9月引用

 

時刻表に乗っていない列車として、

鉄道ファンでは、下記の列車をアップしていました。

いずれも貨物列車なのですが、この二列車とも深夜に客扱いする夜行列車?でした。

  • 釜石線  準混合660列車  釜石〜北上間 【釜石〜遠野間】で客車連結の上客扱い 釜石発 0:55 遠野着 2:43
  • 山田線  準混合681列車  釜石〜盛岡間 【釜石〜陸中山田間】で客車連結の上客扱い釜石発 1:10 陸中山田 2:15

と言うダイヤでした。

これについて、同じく鉄道ファン、昭和41年4月号 通算58号に説明がなされていました。

 

それによりますと、釜石駅前にある富士製鉄所の勤務帰りの人たちのために運転される貸切列車だそうで、貨物列車に客車一両を連結したものだそうです。

貸切料金を取る貸切列車として運転されており一般の人は利用できないとされていました。
ただ、ここで気になるのは連結位置で貨物列車の最後尾だと暖房が入らないので、冬場はかなり寒かったのでは無いでしょうか。
ご存じの方居られましたらご教示願います。
私も引き続き資料を探してみたいと思います。
ということで、調べて見ますと、どうもだるまストーブを使っていたようですが、この夜行区間の客車にも使われたのかはちょっと不明です。
昭和30年1月 交通技術
併せてこちらの記事もご参照ください

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