153系非電化線区を走る

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昭和38(1963)年の鉄道ファンを見ているとなんともユニークな記事を見つけました。

それは、それまでは寄せ集めの気動車などで運転されていた、臨時準急、汐風号が153系で運転されたという記事です。

運転区間は、中野〜館山まで、運転期間は、7月20日から8月18日までの約1ヶ月間でした。

 

現在と異なり、レジャーと呼べるものが少ない当時は、夏場と言えば海水浴ということで、房総半島の海へいく人は大変多かったのです。昭和50年頃まで夏になると、「青い砂」、「白い砂」という快速電車も運転されていました。

 

房総半島に優等列車が走ったのはかなり遅く、昭和33年7月に準急犬吠号が運転を開始したのが最初と言われています。

 

この列車が運転された、昭和38年頃は、千葉以遠は電化されておらず、乗入れ列車は、館山まで電車は運転できません。

そこで、DD13重連+電源車を電車の前にいで、運転されました。

編成は、田町電車区の153系6両編成が入線したそうです。

車番は、中野方 クハ153-518 モハ153-23 モハ152-23、モハ153-31、モハ152-31 クハ153-519 館山方

の編成だったそうです

当初はC57が電車を牽引する予定だったとか。

当時の写真を見ますと、立派なヘッドマークも装着されており中々立派です。

鉄道ファン 通巻28号 昭和38年10月号から引用

 

尾灯が蓄電池式を装着しているのもご愛敬です。

 

記事によりますと、DD13は非重連形のため双方に乗務員が乗務して汽笛の合図で力行、惰行を行うほか、次位の電源車操作のために運転員が乗務しており運転関係だけで3名の大所帯であったと記録されています。

 

 

調べて見ますと、翌年昭和39年にも、夏季シーズンに前橋区の80系電車を使用して、汐風号が運転されたとされていますが。

それほどデイーゼルカーも不足していたと言うことなのでしょうか。

 

参考ものぐさ親父の「いまさら鉄ちゃん!?」 https://c59176.blog.so-net.ne.jp/2011-07-27

 

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